月末の夕方の会議まで、若干の時間があったので家で昼寝をしようと上野駅から特別快速に乗った。常磐線の特別快速は本数が少ないので殆んど利用しないのだが、松戸までジャスト15分で着くことになっている。
本当だろうか?
E531系の車両が時速130kmの速さで爆走するので確かに15分で着くのだろうが、実際に時間を計測してみた。以下がその詳細である。
上野からはホームをゆっくりとスタート。鶯谷のラブホ街を右手に、2分で日暮里駅到着。
日暮里駅から通過駅の三河島駅、南千住駅までは本気で走っていない。なぜならばカーブが多いからだ。しかし、南千住駅のホームを過ぎてからは脅威のロングスパートが始まった。
上野駅から8分経過で北千住駅を通過、9分経過で荒川を越え、綾瀬駅通過は10分。亀有駅通過が11分で、次の金町駅通過は12分。江戸川を越えて13分。早い早い。
松戸駅には14分50秒で到着した。
本当だったのだ!ちょっとした感動があった。やればできるじゃないか!
だったら、普段からちゃんと走れよって言いたくなってきた。贅沢かなぁ?
2011年5月31日火曜日
2011年5月30日月曜日
2011年5月29日日曜日
班目加奈の研究。
私がトランペットを習っている班目加奈先生から、犬の供養のために直接CDを買った。喪に服するためにはやはり、上質の音楽が必要だからだ。
1枚目の「vocalise」と2枚目の「Fantaisie」を買ったのだけど、今日は1枚目の16曲について述べる。(この間、赤ワインをガブ飲みする。べろんべろん。)
そんなわけで、1曲目と2曲目にアルビノーニの楽曲を持ってきたところにイタリアルネッサンスの残り香を感じてしまうんだけど、彼が糖尿病で亡くなったヴェネツィアも今日の松戸のよーに大雨が多かったのだろうか?結構、臨場感が出てきた。1曲目の「トランペット協奏曲よりアダージョ」では彼女は、ピッコロトランペットを聴かせる。朝をイメージさせる硬質でガラスのよーな音色だ。当時の宮廷音楽ってこーゆー音が好まれたんじゃーないかなって思う。雅楽で使用する笙(ん?篳篥かもしらんな)を彷彿とさせる非日常の音とも言えるかもしれない。
2曲目の「アルビノーニのアダージョ」は映画音楽でもよく使われるメジャーな曲なんだけど、実際にはイタリアのレモ・ジャッツォットとゆー学者が20世紀中葉に加筆しまくったスコアなので、正確にはアルビノーニの作品ではない。にもかかわらず、現在では「アルビノーニのアダージョ」とゆーとこの曲のことを指し、バイオリンの川井郁子とか寺井尚子などのプレイヤーも好んで演奏している。やっぱし、楽曲として優れているので、今後も演奏され続ける人気曲の地位を保全していくのだろう。班目加奈(呼び捨てでゴメンね!)は、この曲をややアップテンポってゆーか、カラヤン的(?)に楽譜に忠実に吹いたって感じかなぁ。ただ、現在の彼女であれば、もっと繊細に、もの悲しく、枯れたテイストも隠し味として加味した、粋な演奏が可能なのではないかって思う。なお、アダージョは、ゆるやかにって意味ね。
3曲目の「ラルゴ」。ヘンデル作曲のアリア。オペラの第1幕の冒頭で歌われる曲で、2分半とゆー短い時間のなかで彼女のトランペットは奇を衒わずにまっすぐに歌う。フランク・シナトラみたいにシラブルを意識せず、心地よく歌っている。
4曲目。「G線上のアリア」。アリアって、詠唱って訳すオペラなんかの独唱者の聴かせどころの歌のことを言うみたいだけど、ここでは彼女はフリューゲルホルンを吹いている。子供の頃、外で遊び疲れて家路に向かう道すがら。茜色の夕陽。緩やかで心地よい風。そんな記憶をこの曲が想い出させてくれる(場所でゆーと神戸市兵庫区の和田岬あたり)。
ともあれ、管楽器ってトーンが命なんだなって、再確認ができる名演だ。
5曲目はシューマンの「トロイメライ」。これもフリューゲルホルンの演奏。「お母さーん」って感じの優しくもグリップの効いたプレイで、音程が凄くいいなって思う。平易な曲を安心して聴かせられるって、ひょっとしてこれは私が目指すべきジャンルなのかもしれないなぁ。
6曲目。プッチーニの「私のお父さん」。お母さんの次はお父さんなんだ。ピアノ伴奏とラッパの最初のフレーズのつながりが素晴らしい。すーっと入っていくわけね。これも2分間のアリア。いとも簡単に吹いているけど、華のある演奏に仕上がっている。音は今より若々しい感じだな。
7曲目と8曲目はセットなのかな?マルチェロの「トランペット協奏曲ニ短調よりアダージョ」と「アレグロ」。アレグロは、早くってこと。
末期の白血病を患った音楽家と別れた妻が晩秋のベネツィアで再会するって映画で使われた楽曲で、やっぱり切ない短調のメロディーが流れる。ここでは彼女のテクニック(リップスラーとかね)も十分に堪能できる。
9曲目はモーツァルトの「救世主への祈り」。彼が死ぬ年の初夏に、ウイーンの温泉保養地で書かれた作品である。起伏のないごく普通の、しかし上品な作品なのだが、何でこの曲を彼女が取り上げたのかが判らないので、今度、聞いてみーよおっと。
10曲目はマルティーニの「愛の喜び」。マルティーニの本名はシュワルツェンドルフ。なのでドイツ人。18世紀初頭においても、ミュージックシーンはイタリア優勢だったことの証左がこの芸名にも現れているんだなぁ。このメロディーも有名で、私が知ってるぐらいだから相当にメジャーなんだなぁ。小学校か中学校のとき、校内放送で流れていたような気がするよ。この曲だったら、私でもなんとか吹けそうだ。チャレンジしてみるかぁ!
そうそう、演奏はさらーっと軽めに吹いていたよーだ。心地よさに軸足を置いてる。そんなイメージ。
11曲目。ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。フリューゲルホルンで奏でる。ラヴェルの曲って、こーゆーのが多いなあ。フレンチブルーをイメージさせるメロディーってゆーのかな?
この作品は彼が24歳、パリ国立音楽院に在籍していたときに、スペインのヴェラスケスの絵画に触発されて書いた曲らしい。パヴァーヌって、16世紀から17世紀にかけて流行った宮廷舞曲で、その特徴はゆるやかで典雅で荘重なんだって。
彼女は本当に、この曲をゆるやかかつ典雅に吹いている。しかも基本に忠実に!
12曲目はシューベルトの「セレナード」。昼メロ、不倫、禁断の愛…。フレーズの頭は、そんなイメージがピッタリくるエロい曲だ。思わずパンツを脱いでしまいそうになるのは私だけではないだろう。
ピアノの好サポートが光るなか、彼女は淡々と超然と吹く。ちょっとノーテンキな感じがしないでもないけど…。まだ、若かったんだろう、録音当時は…。
13曲目もやっぱりシューベルトの「アヴェ・マリア」。敬虔な祈りの歌。まっすぐなラッパの音。外は大雨だけど、家の中は快適。心に潤いを。明日に光を。全くもって、上質な音楽を供給してるなぁ。
14曲目。サン・サーンスの「白鳥」。なんだか、「アヴェ・マリア」に似た作風とゆーのかな、そんな気がしてきたよ、この「白鳥」。さっきも使ったけど、班目加奈の音楽は一言で言うなら、品のいい上質な音楽ってことだな。なるほどなるほど、これがクラシックの世界なんだな。ちょっと判ってきたぞ。
15曲目。「ヴォカリーズ」。ラフマニノフの作品。やっぱ、ラフマニノフは次の展開が読みづらく全く常識的でないので、キャーッ、天才なんだなーって思うことしばしば。
彼女はトランペットの持ち味をこの曲に注ぎ込んで、見事に結晶させたって感じのパフォーマンスを示現している。ラフマニノフ同様、私の先生も素晴らしいんだなーって、心からそう思える魂の入った名演だよ、これは。そして、ロシア人の創る曲って、どこかしら土の匂いがするってのはどうしてなんだろうか?みんな百姓だからだろうか(ンなわけないよ、ねー)?
16曲目。サティの「ジュ・トゥ・ヴ」。テレビのCMでもしょっちゅう流れている佳曲。作曲家サティがモンマルトルのピアノ弾きだったころに創ったシャンソン。
ここでは、伸びやかに明るく、彼女は少女のように吹いている。中学生くらいの女の子がメリーゴーランドに乗って、はしゃいでいる姿が目に浮かぶ。
ハッピーエンドで終演を迎える最後の曲として、ピッタリなサティで、おしまい。遊園地の順路を辿ってニヤニヤしながら歩いて、いつの間にか出口から外に出てしまい、えーっ、もう終わりなのーって印象だな。陳腐な喩えだったらゴメンネ。
ともあれ、このCDは岩本家の家宝になるかもしれない。
1枚目の「vocalise」と2枚目の「Fantaisie」を買ったのだけど、今日は1枚目の16曲について述べる。(この間、赤ワインをガブ飲みする。べろんべろん。)
そんなわけで、1曲目と2曲目にアルビノーニの楽曲を持ってきたところにイタリアルネッサンスの残り香を感じてしまうんだけど、彼が糖尿病で亡くなったヴェネツィアも今日の松戸のよーに大雨が多かったのだろうか?結構、臨場感が出てきた。1曲目の「トランペット協奏曲よりアダージョ」では彼女は、ピッコロトランペットを聴かせる。朝をイメージさせる硬質でガラスのよーな音色だ。当時の宮廷音楽ってこーゆー音が好まれたんじゃーないかなって思う。雅楽で使用する笙(ん?篳篥かもしらんな)を彷彿とさせる非日常の音とも言えるかもしれない。
2曲目の「アルビノーニのアダージョ」は映画音楽でもよく使われるメジャーな曲なんだけど、実際にはイタリアのレモ・ジャッツォットとゆー学者が20世紀中葉に加筆しまくったスコアなので、正確にはアルビノーニの作品ではない。にもかかわらず、現在では「アルビノーニのアダージョ」とゆーとこの曲のことを指し、バイオリンの川井郁子とか寺井尚子などのプレイヤーも好んで演奏している。やっぱし、楽曲として優れているので、今後も演奏され続ける人気曲の地位を保全していくのだろう。班目加奈(呼び捨てでゴメンね!)は、この曲をややアップテンポってゆーか、カラヤン的(?)に楽譜に忠実に吹いたって感じかなぁ。ただ、現在の彼女であれば、もっと繊細に、もの悲しく、枯れたテイストも隠し味として加味した、粋な演奏が可能なのではないかって思う。なお、アダージョは、ゆるやかにって意味ね。
3曲目の「ラルゴ」。ヘンデル作曲のアリア。オペラの第1幕の冒頭で歌われる曲で、2分半とゆー短い時間のなかで彼女のトランペットは奇を衒わずにまっすぐに歌う。フランク・シナトラみたいにシラブルを意識せず、心地よく歌っている。
4曲目。「G線上のアリア」。アリアって、詠唱って訳すオペラなんかの独唱者の聴かせどころの歌のことを言うみたいだけど、ここでは彼女はフリューゲルホルンを吹いている。子供の頃、外で遊び疲れて家路に向かう道すがら。茜色の夕陽。緩やかで心地よい風。そんな記憶をこの曲が想い出させてくれる(場所でゆーと神戸市兵庫区の和田岬あたり)。
ともあれ、管楽器ってトーンが命なんだなって、再確認ができる名演だ。
5曲目はシューマンの「トロイメライ」。これもフリューゲルホルンの演奏。「お母さーん」って感じの優しくもグリップの効いたプレイで、音程が凄くいいなって思う。平易な曲を安心して聴かせられるって、ひょっとしてこれは私が目指すべきジャンルなのかもしれないなぁ。
6曲目。プッチーニの「私のお父さん」。お母さんの次はお父さんなんだ。ピアノ伴奏とラッパの最初のフレーズのつながりが素晴らしい。すーっと入っていくわけね。これも2分間のアリア。いとも簡単に吹いているけど、華のある演奏に仕上がっている。音は今より若々しい感じだな。
7曲目と8曲目はセットなのかな?マルチェロの「トランペット協奏曲ニ短調よりアダージョ」と「アレグロ」。アレグロは、早くってこと。
末期の白血病を患った音楽家と別れた妻が晩秋のベネツィアで再会するって映画で使われた楽曲で、やっぱり切ない短調のメロディーが流れる。ここでは彼女のテクニック(リップスラーとかね)も十分に堪能できる。
9曲目はモーツァルトの「救世主への祈り」。彼が死ぬ年の初夏に、ウイーンの温泉保養地で書かれた作品である。起伏のないごく普通の、しかし上品な作品なのだが、何でこの曲を彼女が取り上げたのかが判らないので、今度、聞いてみーよおっと。
10曲目はマルティーニの「愛の喜び」。マルティーニの本名はシュワルツェンドルフ。なのでドイツ人。18世紀初頭においても、ミュージックシーンはイタリア優勢だったことの証左がこの芸名にも現れているんだなぁ。このメロディーも有名で、私が知ってるぐらいだから相当にメジャーなんだなぁ。小学校か中学校のとき、校内放送で流れていたような気がするよ。この曲だったら、私でもなんとか吹けそうだ。チャレンジしてみるかぁ!
そうそう、演奏はさらーっと軽めに吹いていたよーだ。心地よさに軸足を置いてる。そんなイメージ。
11曲目。ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。フリューゲルホルンで奏でる。ラヴェルの曲って、こーゆーのが多いなあ。フレンチブルーをイメージさせるメロディーってゆーのかな?
この作品は彼が24歳、パリ国立音楽院に在籍していたときに、スペインのヴェラスケスの絵画に触発されて書いた曲らしい。パヴァーヌって、16世紀から17世紀にかけて流行った宮廷舞曲で、その特徴はゆるやかで典雅で荘重なんだって。
彼女は本当に、この曲をゆるやかかつ典雅に吹いている。しかも基本に忠実に!
12曲目はシューベルトの「セレナード」。昼メロ、不倫、禁断の愛…。フレーズの頭は、そんなイメージがピッタリくるエロい曲だ。思わずパンツを脱いでしまいそうになるのは私だけではないだろう。
ピアノの好サポートが光るなか、彼女は淡々と超然と吹く。ちょっとノーテンキな感じがしないでもないけど…。まだ、若かったんだろう、録音当時は…。
13曲目もやっぱりシューベルトの「アヴェ・マリア」。敬虔な祈りの歌。まっすぐなラッパの音。外は大雨だけど、家の中は快適。心に潤いを。明日に光を。全くもって、上質な音楽を供給してるなぁ。
14曲目。サン・サーンスの「白鳥」。なんだか、「アヴェ・マリア」に似た作風とゆーのかな、そんな気がしてきたよ、この「白鳥」。さっきも使ったけど、班目加奈の音楽は一言で言うなら、品のいい上質な音楽ってことだな。なるほどなるほど、これがクラシックの世界なんだな。ちょっと判ってきたぞ。
15曲目。「ヴォカリーズ」。ラフマニノフの作品。やっぱ、ラフマニノフは次の展開が読みづらく全く常識的でないので、キャーッ、天才なんだなーって思うことしばしば。
彼女はトランペットの持ち味をこの曲に注ぎ込んで、見事に結晶させたって感じのパフォーマンスを示現している。ラフマニノフ同様、私の先生も素晴らしいんだなーって、心からそう思える魂の入った名演だよ、これは。そして、ロシア人の創る曲って、どこかしら土の匂いがするってのはどうしてなんだろうか?みんな百姓だからだろうか(ンなわけないよ、ねー)?
16曲目。サティの「ジュ・トゥ・ヴ」。テレビのCMでもしょっちゅう流れている佳曲。作曲家サティがモンマルトルのピアノ弾きだったころに創ったシャンソン。
ここでは、伸びやかに明るく、彼女は少女のように吹いている。中学生くらいの女の子がメリーゴーランドに乗って、はしゃいでいる姿が目に浮かぶ。
ハッピーエンドで終演を迎える最後の曲として、ピッタリなサティで、おしまい。遊園地の順路を辿ってニヤニヤしながら歩いて、いつの間にか出口から外に出てしまい、えーっ、もう終わりなのーって印象だな。陳腐な喩えだったらゴメンネ。
ともあれ、このCDは岩本家の家宝になるかもしれない。
2011年5月28日土曜日
福岡都構想。
石原慎太郎都知事は2020年の東京オリンピック誘致構想のあることを暗に表明したが、福島との距離を考慮に入れた場合、東京が五輪のメイン会場になることは今後50年はないのではないかって思う。やっぱ、諸外国の印象は、すこぶる悪いのではなかろうか?
私が所属しているフランス資本の生保は本社機能を港区白金に半分残しつつも、実は福岡に50パーセントを移転させている。東アジアの地図を見ればわかるのだが、福岡は上海までの距離が東京までのそれと同じく900kmであり、ソウルまでだと500kmしか離れておらず、商圏の中心地としては東京よりも有利であるかと考えている。
なので、福岡県を福岡都にして初代の都知事は孫正義にやってもらい、ドラスティックな内需拡大をやったほーがいいんじゃない?元々は卑弥呼の時代に大宰府あたりに首都機能があっただろうと推測できるので、ちょっと意味が違うかもしれないけど大政奉還みたいな感じで、スキームとしては悪くないんじゃーないかって考えてるよ。福岡オリンピックがあったとしたら、そのオマケだな。
石原都知事も78歳。すっかりお爺さんになったなーって印象だ。オリンピックに拘泥するよりも、もっと他にやることがあるんじゃーないの?たとえば、慎太郎刈りをもう1回流行させるとか…。若者がみんな短髪になった結果、髪の毛を弄ってる無駄な時間を、他のことに回せるから、個人消費の幅広い底上げが狙えるんじゃないか?なんてね…。
私が所属しているフランス資本の生保は本社機能を港区白金に半分残しつつも、実は福岡に50パーセントを移転させている。東アジアの地図を見ればわかるのだが、福岡は上海までの距離が東京までのそれと同じく900kmであり、ソウルまでだと500kmしか離れておらず、商圏の中心地としては東京よりも有利であるかと考えている。
なので、福岡県を福岡都にして初代の都知事は孫正義にやってもらい、ドラスティックな内需拡大をやったほーがいいんじゃない?元々は卑弥呼の時代に大宰府あたりに首都機能があっただろうと推測できるので、ちょっと意味が違うかもしれないけど大政奉還みたいな感じで、スキームとしては悪くないんじゃーないかって考えてるよ。福岡オリンピックがあったとしたら、そのオマケだな。
石原都知事も78歳。すっかりお爺さんになったなーって印象だ。オリンピックに拘泥するよりも、もっと他にやることがあるんじゃーないの?たとえば、慎太郎刈りをもう1回流行させるとか…。若者がみんな短髪になった結果、髪の毛を弄ってる無駄な時間を、他のことに回せるから、個人消費の幅広い底上げが狙えるんじゃないか?なんてね…。
2011年5月27日金曜日
町内会費。
近所のオバサンが町内会費を集めに来た。
「2280円です」。
まあ、払うけどさぁ。10000円札しかなかったので手渡すと、お釣りの計算が全くできないのだ。「7720円です」と助け舟を出す私。
オバサンは門の上に5000円札1枚と1000円札2枚を置き、その上に10円玉2枚を乗せ、100円玉をジャラーンと7枚。7枚は門の内側に落ちた。
そこへ私のケータイが鳴る。オバチャンは「それじゃあ」と言い残して隣の家へ。
電話は、変なセールスのそれ。すぐに切る。仕方なくお金を拾う私…。
あれれ、6枚しか無いじゃん。
一旦、家に入る。トランペット協奏曲を聴く。
しばらくして、だんだん腹が立ってきた。
そして、敷地内に落ちてる筈の100円玉1枚が気になる気になる。再び外へ。
メイヨー(無いよ)。北京語が出る。モー(無いよ)。福建語も出る。
オバチャンさあ、ごめんねぐらい言いなさいよ!ナーチャーホー、プーヤオリーター(あいつ嫌いだ、無視していいよ)って感じ。ほんと、とぼけたオバチャンだなあ。
ただでさえノーアポで金取りに来て、払いたくないところを、スマイリー小原みたいに笑って銭出してるのによー!糞。
気配りのできない人に係りなんか、やらせるなっちゅーの。菅内閣と同様に、人材不足役不足、オーバースペックの正反対じゃん。
後でまた100円玉、探しに行くぞー。
「2280円です」。
まあ、払うけどさぁ。10000円札しかなかったので手渡すと、お釣りの計算が全くできないのだ。「7720円です」と助け舟を出す私。
オバサンは門の上に5000円札1枚と1000円札2枚を置き、その上に10円玉2枚を乗せ、100円玉をジャラーンと7枚。7枚は門の内側に落ちた。
そこへ私のケータイが鳴る。オバチャンは「それじゃあ」と言い残して隣の家へ。
電話は、変なセールスのそれ。すぐに切る。仕方なくお金を拾う私…。
あれれ、6枚しか無いじゃん。
一旦、家に入る。トランペット協奏曲を聴く。
しばらくして、だんだん腹が立ってきた。
そして、敷地内に落ちてる筈の100円玉1枚が気になる気になる。再び外へ。
メイヨー(無いよ)。北京語が出る。モー(無いよ)。福建語も出る。
オバチャンさあ、ごめんねぐらい言いなさいよ!ナーチャーホー、プーヤオリーター(あいつ嫌いだ、無視していいよ)って感じ。ほんと、とぼけたオバチャンだなあ。
ただでさえノーアポで金取りに来て、払いたくないところを、スマイリー小原みたいに笑って銭出してるのによー!糞。
気配りのできない人に係りなんか、やらせるなっちゅーの。菅内閣と同様に、人材不足役不足、オーバースペックの正反対じゃん。
後でまた100円玉、探しに行くぞー。
2011年5月26日木曜日
ドンキーの墓。
愛犬ドンキーの墓をアップしてみた。ちょうど2週間前の木曜日に彼が死んだので、即日、土葬したのだが今のところ墓が荒らされることもなく土の状態も落ち着いてきたようだ。小さな染井吉野の桜の木も新芽をつけてきており、順調に育ってくれそうな気配である。幸福の科学の大川総裁は坂本龍馬のお告げを話せるらしいんだけど、恐山のイタコみたいなこともしてるんだなぁ。うちのドンキーが生前、言い残したことを聞きたい気もするけど、わけのわからないことにはお金を使いたくないので、自分で創作してみようかと思う。
「いやー、まいったなぁー、おれって死んじゃったんだぁー」。
「お前、向こうで、何してるのよ?」。
「お父さんには、松戸で9年間も大事にしてもらって、感謝してるんだけどー、実のお父さんとお母さんにホント、生まれてこのかた会ってなかったので、あの世で久し振りに会って、いろいろと話をしてるんだよ」。
「そうか、それは良かった」。
「後ね、岩本家の先祖の人も、結構な人数がいて、よく餌をくれるんだよ」。
「ほほう。ところで、5月の12日は誕生日だったじゃないかぁ」。
「そうなんだよ、あの日、朝、散歩に行ったじゃない?そのときは何ともなかったんだけどさあ。あの後、急に心臓が痛くなって…」。
「お前、先月の11日に、餌、食わなかったじゃない?しんどかったのか?」。
「うん。ここ半年ぐらいでさ、チョット歩いただけで、ハァハァ言ってたでしょ?疲れやすくなってたってことは間違いないな」。
「まだ、そんな歳でもないのにって思ってたけどな」。
「ま、しょうがないよ。伊勢丹の地下のさ、エディアールのフランスパン。あれ、美味しかったんだけど、バターとか食塩とか入ってたよね」。
「うん」。
「あれって、身体に悪いって、思いながらも旨いからさぁー、お父さんと一緒に食っちゃうじゃない?」。
「悪かったなぁ」。
「あれは、食べ始めたら止まらないよね。やめられない止まらない。どうにも止まらないってやつだよ」。
「あと、さぁ、メス犬、世話してやらなくて申し訳なかったなぁ」。
「ま、家庭の事情もあるだろうからさ、犬ばっか増えても困るでしょーが」。
「まあね」。
「でも、もう心配はいらない。こっちはやり放題だから。不自由しないよ」。
「よかったなあ」。
「あと、兄にもよろしく伝えてくれよ。大学3年になったんだろ?」。
「そう」。
「就活がんばれって」。
「わかった」。
「じゃあ、今日はこれで。仕事がんばって、飲み過ぎないようにな!」。
てな、会話になると勝手に想像してるんだけど、彼は本当にいい犬だった。
なので、当分の間、新しい犬を我が家に迎えようとゆー気が起こらないのだ。でゎでゎ。
「いやー、まいったなぁー、おれって死んじゃったんだぁー」。
「お前、向こうで、何してるのよ?」。
「お父さんには、松戸で9年間も大事にしてもらって、感謝してるんだけどー、実のお父さんとお母さんにホント、生まれてこのかた会ってなかったので、あの世で久し振りに会って、いろいろと話をしてるんだよ」。
「そうか、それは良かった」。
「後ね、岩本家の先祖の人も、結構な人数がいて、よく餌をくれるんだよ」。
「ほほう。ところで、5月の12日は誕生日だったじゃないかぁ」。
「そうなんだよ、あの日、朝、散歩に行ったじゃない?そのときは何ともなかったんだけどさあ。あの後、急に心臓が痛くなって…」。
「お前、先月の11日に、餌、食わなかったじゃない?しんどかったのか?」。
「うん。ここ半年ぐらいでさ、チョット歩いただけで、ハァハァ言ってたでしょ?疲れやすくなってたってことは間違いないな」。
「まだ、そんな歳でもないのにって思ってたけどな」。
「ま、しょうがないよ。伊勢丹の地下のさ、エディアールのフランスパン。あれ、美味しかったんだけど、バターとか食塩とか入ってたよね」。
「うん」。
「あれって、身体に悪いって、思いながらも旨いからさぁー、お父さんと一緒に食っちゃうじゃない?」。
「悪かったなぁ」。
「あれは、食べ始めたら止まらないよね。やめられない止まらない。どうにも止まらないってやつだよ」。
「あと、さぁ、メス犬、世話してやらなくて申し訳なかったなぁ」。
「ま、家庭の事情もあるだろうからさ、犬ばっか増えても困るでしょーが」。
「まあね」。
「でも、もう心配はいらない。こっちはやり放題だから。不自由しないよ」。
「よかったなあ」。
「あと、兄にもよろしく伝えてくれよ。大学3年になったんだろ?」。
「そう」。
「就活がんばれって」。
「わかった」。
「じゃあ、今日はこれで。仕事がんばって、飲み過ぎないようにな!」。
てな、会話になると勝手に想像してるんだけど、彼は本当にいい犬だった。
なので、当分の間、新しい犬を我が家に迎えようとゆー気が起こらないのだ。でゎでゎ。
2011年5月25日水曜日
せんせい。
インド人の先生から英会話を習うことにした。1回のレッスン料は2500円。リーズナブルである。写真はインドの某有名女優をアップしてみたよ。私の先生はここまで美人ではないけど、オッケーです。充分です。
彼女は京成線の青戸に住んでいて、ご主人はIT会社の役員。年齢は29歳。娘は3歳。英語力は私の10倍ぐらいだな。
で、秋葉原のオープンカフェで約60分間喋った。ところどころ判らないボキャブラリーが散見されたものの、私の英語でも通じる通じる。彼女は日本語がイマイチで、結果、全編英語での会話だったので丁度いいわ。マジ、英英辞典を引いている感じだな。彼女はヒンズー教徒であり、牛丼には誘えないけど、コルカタの出身だから肩が凝っているかもしれない。なのでマッサージにでも連れていくかぁ(嘘ピョン)。この先生、ずーっと日本に住むつもりだとゆーから、今から5年ぐらい連続して毎週、私がレッスンを受ければ、私の英語力は500パーセントの確率で向上することは間違いありません!
そして、最終的にはヒンディー語も喋れるようになろうって考えてるよ。レッスンは秋葉原のカフェで。6月15日からローンチさせて毎週水曜日の午前11時から1時間ってことにして、これもルーチン化させる。生活のルーチン化、これですよこれ!
彼女は京成線の青戸に住んでいて、ご主人はIT会社の役員。年齢は29歳。娘は3歳。英語力は私の10倍ぐらいだな。
で、秋葉原のオープンカフェで約60分間喋った。ところどころ判らないボキャブラリーが散見されたものの、私の英語でも通じる通じる。彼女は日本語がイマイチで、結果、全編英語での会話だったので丁度いいわ。マジ、英英辞典を引いている感じだな。彼女はヒンズー教徒であり、牛丼には誘えないけど、コルカタの出身だから肩が凝っているかもしれない。なのでマッサージにでも連れていくかぁ(嘘ピョン)。この先生、ずーっと日本に住むつもりだとゆーから、今から5年ぐらい連続して毎週、私がレッスンを受ければ、私の英語力は500パーセントの確率で向上することは間違いありません!
そして、最終的にはヒンディー語も喋れるようになろうって考えてるよ。レッスンは秋葉原のカフェで。6月15日からローンチさせて毎週水曜日の午前11時から1時間ってことにして、これもルーチン化させる。生活のルーチン化、これですよこれ!
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