来年は寅年かあー。干支を意識するのは年賀状を書くときぐらいだな。
さて、この年賀状とゆー代物、意外や意外、今年の正月に来たものを読み返してみて思うのだが、なかなかのスグレ物であることがわかった。まず、差出人が、少なくとも私に対して好意を持ってくれているとゆーことの確認ができるとゆー点。だって、厭な奴にわざわざ年賀状を書いたりしないでしょ?
次に、個人情報の宝庫であるとゆー点。趣味・嗜好やブログやメールのアドレス。今なにを考えているか、興味があるか。家族の変遷、例えば子供の成長であるとか、離婚したとか。あっと驚かされることもあるよ。
後は、差出人のセンスとゆーか、感性が白日の下に晒されるとゆー点。レイアウトとか、色使いとか、文面であるとか、字の上手・下手まで一目瞭然だもんなー。小学校のときから、私に年賀状を送ってくれている人から、つい最近知り合った人まで、いろんな人の特徴ってゆーか、ちょっと大袈裟だけど、人間性までが垣間見れて、すごく面白いよ。
最近は、企業でも年賀状の廃止とか、いろいろ経費節減のためにやってるみたいだけど、逆じゃないのかなーって考えてるよ。こーゆー不況下だからこそ、人と人のつながりとか、ヒューマンリレーションを大切にすべきなんじゃないのかなぁ?私の友達の符国宇くんや林昌芳くんとも焼肉食いながら話したけど、自分にしかないコネクションの有効活用が、遊びにおいてもビジネスにおいても大事だってことを痛感したよ。中国人から教わることは多いよ。
結論。年賀状を軽んずることなかれ。そこには、生活していくうえでのヒントが満載だから、それを使わない手はないってことだよ。
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