2012年4月7日土曜日

酒屋とハギス。

上の写真はスコットランドの経済の中心、グラスゴーのブキャナンストリートに面した酒屋の店頭である。日本の酒屋と全く違う点にお気付きだろうか?  店員と客が完全にセパレートされているのだ。具体的に言うと、金網の向こう側にレジと商品と目つきの悪い女主人がいて、客は金網の外側から口頭か指差しで欲しい酒を指定し、小さな扉から先に金を入れ、一拍おいて女主人が無造作に差し出す酒を客は受取るのだ。 昼間から手の震えが止まらない赤ら顔の初老の男や店の入口のドアをすり抜けられないくらいのデブ女とかが、酒を求めて昼間から店に来ていた。現実に、この店で1番グレードの高い客は、間違いなく私だ。 おそらく、この金網デスマッチのよーなシステムは客とのトラブルを未然に防ぐための商売上のノウハウであろうが、スキンシップの欠片もないこの光景に、一抹の淋しさを禁じ得なかった。
下の写真はスコットランドの文化の中心で首都でもあるエジンバラの、老舗百貨店ジェナーズの裏手にあるパブ「アボッツフォード」で食べたハギスである。8ポンドだったので日本円にして1040円。ポーションはかなり多めだ。これはイギリスのパブの定番料理で、正確に言うと濃い茶色の部分のみがハギス。当地では肉屋で惣菜として普通に売っている食べ物だ。つくり方は細かく刻んだ羊肉にオーツ(オート麦もしくはカラス麦)を加え、羊の胃袋を容器にして茹でる。肉の佃煮みたいなものなのかな? 白はマッシュポテト、黄色はマッシュしたカブかパンプキンだと思う(違ってたらゴメンね!)。 実際、想定していたよりも遥かに美味で、イギリスに美味いものなしとゆー定説は間違いだ。フィッシュ&チップスだって冗談抜きにおいしかった。
やっぱ、先入観や伝聞、机上の知識など持たない方がいい。そんなことを痛感しつつ、英語でコミュニケーションが普通にできるレベルの教育を施してくれた両親に感謝をしたい。以上。

2012年4月6日金曜日

エジンバラの忠犬ハチ公。

昔、エジンバラにグレンフライアーズ・ボビーという名のスカイテリア種の犬がいた。彼は主人の死後、14年間の長きにわたり主人の墓に通い続け、エジンバラ市民を感動させたという。 今は写真のよーに、彼を讃えた像が立ち観光名所となっているのだが、当日私が写真を撮ろうとしたところ、9歳の彼女がそこに座っていた。私が写真を撮ってもいいかと話かけると彼女は同意し、自信たっぷりにポーズまでつくってくれた。 その「あなた、私のことが好きなんでしょ」的な「どや顔」で、彼女は生きていくのだろう。 若い女には、とても敵わないなあ。日頃、本気でそう思っている私だが、さらにその意を強くした。そして、西洋人全般に通じる社交性の有り様とゆーかコミュニケーションスキルの質の高さに改めて敬意を表したいと思う。

2012年4月5日木曜日

フォース鉄橋。

インヴァネスからスコットランド鉄道に乗り、南下する。パースを経ていよいよエジンバラだとゆー絶好のタイミングでフォース鉄橋のおでましだ。フォース湾に架かる高さ46m、長さ1600mのこの鉄橋は1890年の開通当時、世界最長を誇った。 112年目を迎えた今も1日200便以上の列車がこの橋のお世話になっている。 ただ単に鉄橋を列車に乗って渡っただけなのに、当日の私は子供のよーな歓声を上げてしまっていた。本当に、素晴らしい建造物であると思う。 そして、長生きとゆーか、できるだけ長く活躍してくれることを願う。メンテナンスに莫大なコストがかかるらしいが、そこはUKでなんとかしてちょうだい。 フォース鉄橋に、感謝の気持ちを込めてありがとうと言いたい。

紙幣。

グラスゴーの街外れにあるユーロホステルとゆー名の安宿のプレイルームのテーブルの上で、20ポンド紙幣と10ポンド紙幣を並べてみた。左はお馴染みのイングランド銀行の紙幣。エリザベス女王が微笑んでいる。右の2枚はスコットランド銀行とスコットランドロイヤル銀行が発券した紙幣で、そこに笑顔はないようだ。 ところで、スコットランド紙幣はイギリスから1歩外に出ると流通しない慣行になっているらしい。但し、イギリス国内では全く同じ価値の紙幣として扱われている。
硬貨もまた然りで、イングランドとスコットランドの硬貨がそれぞれ2種類ずつ並び立っている。なので外国人の私が、その識別に手間どったことは言うまでもない。やはりスコットランドはイングランドから独立がしたいのだ。
ポンドがユーロに参加しなかったのか出来なかったのかの理由は、こんなところにもあるのではないか? 統制経済の得意な日本で、国内に複数の紙幣、硬貨が流通するなんてことは全く考えられないだろう。しかし、ここUKでは、ことほど左様に現行のルールがまかり通っている。これらの紙幣を実際に自分で使ってみたからこそ、この実態がわかったのだが、このダブルスタンダードがいつまで続くのか、私には皆目見当がつかない。 なお、この上の単位の50ポンド紙幣にはついぞ縁がなかったが、この下の5ポンド紙幣のスコットランドバージョンはClydesdale Bankとゆー名前の銀行が発券をしていた。紙幣ごとに棲み分けとゆーか担当を変えているのだろう。 摩訶不思議な体験に釈然としない気分の私であった。

2012年4月4日水曜日

体力。

ロンドンのヒースロー空港で5日振りに日本語を喋った相手が、この13歳の彼女であった。春休みを利用して、1人でロンドン在住の叔母の家に遊びに来ていたという。大物だよ。
で、ヒースロー空港から成田空港までの11時間、私はブリティッシュエアウエイの心温まるサービスを堪能し、ワインとビールをガブ飲みした。酒量は300人のパッセンジャーの中でも上位10名に入っただろう。ロンドンから北海を経てスウェーデン、シベリア、アムール川を越えてさっき、日本に戻ってきた。嬉しいような悲しいような…。成田空港からは新鎌ヶ谷経由で松戸に着いた。ビックリするくらい松戸は空港に近かったのだ、実は…。とぼとぼと家路に向かうが松戸駅から自宅までは余りにも近過ぎて趣きがない。三分咲きの櫻を横目に、松戸神社に帰国の報告をする。
日常の、普通の暮らしが今から始まる。
さあ、日本モードに心と身体を変換しなくては…。

2012年4月2日月曜日

Adelaides guest house.

This great hotel is very cheap.The manager,Ted is friendly and kind.This hotel's owner is church.I paid only 35 pound.And I was surprised that this hotels check-in is free,so I can use from 8 o'clok.Ted is bright and he speak loud,but he is nice and comfy.
Thanks to Ted,I am beginning to love Glasgow.It,s no problem.

2012年4月1日日曜日

Edinburgh.

京都に姫路城を持ってきたよーな城下町、それが世界遺産のエジンバラである。ここはスコットランドでも1番の観光地。なので、ありとあらゆるものが高い。結果、何も買わなかったけどね。但し、老舗百貨店「ジェナーズ」の裏手にある「アボッツフォード」とゆー名のパブではしっかり飲み、食べた。ハギスとゆー挽肉と、じゃがいも、カボチャのすり身を蒸したものを初めて味わったが、これは何回でも賞味したい。ボリュームも満点で、この日の昼食とディナーが結果、これだけでこと足りた。
このエジンバラには写真のエジンバラ城、ホリルードハウス宮殿が鎮座しているのだが、両方とも家相が悪かった。幾多の悲劇がこれらの城内で起こった理由が私には判る。やっぱ、コの字型の、中が抉れた建物は良くない。エジンバラ城は北が抉れているので健康面、ホリルードハウス宮殿は西が抉れているので財政面にダメージがあった筈だ。歴史書を調べてはいないけど、おそらく私の見解は外れてはいないだろう。
まぁ、エジンバラは盛りだくさんだし、フォース湾の鉄橋についても書きたいので、これは後日、アップするよ。でゎでゎ。