2009年8月20日木曜日

Miracle occurs.

日比谷線の秋葉原駅から、北千住行きの車両に乗ってきた青年。ファッションが基本的にオカシイ。ビリビリに破れたGパンに黄緑のメッシュのTシャツ、レモンイエローのツバの長い野球帽を被っている。顔は、どちらかとゆーと気持ち悪い。うわーって感じなんだけど、帽子には素晴らしいメッセージが書いてあった。Mracle occurs.奇跡は起こる。そうかー、昔、山本リンダの歌で、「奇跡の歌」ってあったけど、それかぁー。おれにも奇跡が起こるのかぁー。何だろう、ロト6が当たるのだろうか?何か良いことが起こるに違いない。
期待に胸を膨らませつつ、生きよう!

2009年8月19日水曜日

犬の散歩。

黒ラブにとって、8月をどう乗り切るかは死活問題である。外を歩けば黒い毛が太陽の光を一斉に集めるので、背中から火事になるかもしれないぐらいに、陽炎が立っているときもある。だから、なるべく日中はインドアで待機させ、散歩は専ら、早朝と深夜になる。もともと、活動量の多い犬種なので、体力の無い飼い主はこの犬を飼う資格が無いのかもしれない。生まれてこのかた、6年3ヶ月間、ほぼ毎日、朝晩の散歩に付き合った。それで得たことは、健康と、犬と一緒に歩く幸せ。
左の写真は江戸川の土手を歩く江戸川コース。その支流を歩く坂川森のコースと坂川めがね橋コース、あとは伊勢丹コースをその時々において併用している。
あと、何年一緒に散歩できるのだろう?20歳くらいまで生きてくれれば、ありがたいんだけどなー。ドンキー。

2009年8月18日火曜日

誕生日。

昼に息子とイタメシを食った。近所のチェーン店。ありきたりなメニューではあったが、2人でコソコソと喋りながらの食事。お誕生日のプレゼントとしてお店からデザート1品のサービス。南瓜のタルトを所望。お店の女の子が2人でハニカミながら持ってきた。歌ぐらい歌ってよーとゆーと、息子が「お父さん、恥ずかしいからやめなさい」と言う。
思えばこの49年間、ある意味、ふざけたよーな人生であったのかもしれない。今日で49歳。50歳までの1年くらい真面目に生きてみるかぁ。50歳からは、昔風に言えば、余った命。なので、ゆるゆるのペースに戻そう。そんなことを考えた、昼下がり。
夕方はアキバヨドバシにテレビのケーブルを買いに行こう。
お誕生日のプレゼントは南瓜のタルトとテレビのケーブル。それだけかよって感じ。

2009年8月17日月曜日

ビニール本。

ビニール本もしくはビニ本。回顧物だが、今はそーゆー言い方は死語になってしまっている。私が日大生だった30年前、神保町の芳賀書店で販売していたビニールに入った開封不可能な写真集を、当時そう呼んだ。具体的には女性の陰部を撮影して、その上を黒く塗りつぶすことでお上に許可されたスレスレのエロ本だった。そのころの神保町は、今の秋葉原のよーなオタクや変態が多数徘徊していた。学校から近かったものの、芳賀書店に行かないことがモテる男のステータスだったので、結局、1度も行かなかった。新宿や六本木のディスコに行くことで充分、発散できたもんねー。
ところで、今の動画。日本もここまで開放的になってしまい、あとは見せるものが何にもなくなってしまったよーに思う。結果として、良かったのか悪かったのかさっぱりわからないが、今は、あるべきものとして受け入れる他はなさそうだ。出演している女優さんたちも質的な向上が著しく、そこらへんのタレントよりは奇麗だが、これ、結構、整形手術とかしてるんだろーなー。ちょっと、ルックスやカタチが良すぎるもの…。
進化しすぎてしまう不自然さに懐疑的で、それ自体を楽しめなくなったとき、昔あったものに回帰するノスタルジーを感じてしまうことがままある。その1つが、ビニール本なのかもしれない。

2009年8月16日日曜日

MDMAとMDRT。

MDMAって、オランダとベルギーで80%の生産量を占めるらしい。エクスタシーとも呼ばれるクスリだな。怖い怖い。東京中に広がってるんだろうな。怖い怖い。昔、ジミー大西のギャグで、「エクスタシー!」ってのがあったけど、懐かしいねえ。
その他、覚せい剤をアルミホイルの上で加熱してストローで吸込む「あぶり」ってゆーのもあるらしい。イカの一夜干しや平貝を炙って食べるぐらいで丁度いいのに、人間の欲望ってのは限りないねー。
いま、日本橋のオフィスで一仕事終えて、パソってるけど、我々の生保業界において、営業成績が優秀な人たちの集まりがあって、それをミリオンダラーラウンドテーブルという。略してMDRT。この、優績者たちが集まった大会の録画をみたことがあるけど、なんだか新興宗教のイベントのよーで、おぞましい映像だった記憶があるよ。全員がラリってるよーでもあり、人によっては醜悪なルックスの持ち主もいたりして、とにかく普通じゃない。なので、MDRTってMDMAのよーなものかもしれないなーって、気がしないでもない。
そのうちにおれも、世界トップレベルの成績優秀者の基準をクリアするよーな、圧倒的な数字を打ってしまうだろうけれど、敢えてMDRTには入会しないことに決めている。そんな、とぼけたセールスでありたいと思うよ。落合博光が2000本安打を打ったにも拘わらず、入りたくないとゆー理由で名球会入りを拒否したことが記憶に新しいけど、これって凄くカッコイイことだよねー。おれも、そーしよーっと。名誉は要らないもの。

2009年8月15日土曜日

世界陸上と織田裕二。

終戦記念日に、一人鬼盛り上りの織田裕二が観られると思って、久し振りにテレビをつけてみたが、予想に反して淡々と台本を読んでいた。中高6年間、通しで陸上部にいたのならともかく、プチ評論家化した好感度の低い俳優のコメントに苛立ちを感じていた視聴者は少なくないのではないかと、ずーっと思っていた。ま、それはさておき。
北京オリンピックで世界最速の男になったフサイン・ボルトの雄姿を久々に見たが、それ以上に楽しめたのは男子1500mの予選だ。個人的にこの競技が好きで、ずーと見続けている。なぜだか世界新記録の出にくいこの競技。
1998年にモロッコのヒシャム・エルゲルージが出した3分26秒とゆー大記録は11年間破られていない。エルゲレージ選手が偉大なのは解るけど、競技の性質上、駆け引き、ペース配分などによってレースが二転三転するので面白い分、数字にはなりにくいのかなーって思う。
中学生のとき、私のいた兵庫県ではスポーツテストなるものがあって、80点以上が金賞、70点以上が銀賞、60点以上が銅賞とゆーことでバッジが貰え、それを帽子につけていると女の子にモテるとあって、私も必死でチャレンジした。ブラスバンド部員なのに何でこんなに必死で陸上をやるのかってゆーくらいに練習して、銀賞を取った。短距離走が苦手だったため、1500m走と懸垂、ハンドボール投げ、走り幅跳びで点数を稼がねばならなかったので、決死の覚悟で取り組んだ。特に1500mは4分台で走るのが究極の課題だったので、毎夜、自宅の周りを走り回っていた。ゼーゼーハーハー息遣いの荒い小汚い中学生が汗だくで深夜、走っているので、お巡りさんに痴漢に間違われたこともあったなー。
織田裕二とは、ぜーんぜん関係のない話になってしまった。

2009年8月14日金曜日

台風8号。

兵庫県を中心に深い爪痕を残した台風8号による死亡者は27名になるらしい。報道では正式発表をする前において、行方不明者の数を入れないのでいつも実態を把握できるのはニュース自体が風化しかけた後になる。新疆ウイグル自治区のよーに、うやむやになってしまう類のものも含めて、ニュースを受け取る側にもある程度の予備知識が必要なのかもしれない。
この台風8号、お隣の国台湾では南部山間部において、未曾有の大惨事になっているという。今から50年前に起こった水害の死亡者が667名だというが、今回もそれに匹敵する規模になるらしい。
政府側としては天災とは言え、事態の収拾に手間取る姿を見せたくないし、どうしても報道は後手後手に回る傾向がある。現在の死亡者は100名強との発表であるが、これではあまりに現実との乖離率が大き過ぎ、正しい報道がなされているとは言い難い。我が国に同様のことが起こらないように、その対策を推進すべく世論に働きかける意味においても、ニュースは熱いうちにその全体像を世に伝播すべきではないかと考える。
さて、岡山県美作市に住む私の父(79歳)は、無事であった。軽自動車に乗って、崩落のあった場所に行って調査をしているのだという。何の調査なのかはわからないが、暑さには充分、注意をして欲しい。