写真はウズベキスタン航空の旅客機なんだけど、今日は仕事に対する考え方について述べる。 郡山にいる同業のG先輩と電話で喋ってみたのだが、今後、生保業界に残って展望があるのかどーかが今日の内容で、私がこの6月アタマでジャスト10年、Gさんは13年になる。2人とも生保の営業のスピード感とゆーか、やりがいであるとか、社会的使命であるとか、新規開拓であるとかに以前から疑問を感じていて、結論からゆーと、その適性において我々は「保険のオバチャン」とか「保険のオバアチャン」を凌駕できないってことになった。彼は年内に足を洗うとゆーが、私はお客様の保全のためには残らないといけないと思っている。但し、嘱託として組織には残り、お金を稼ぐ手段としては別のことを考えなければ食ってはいけないだろうと考えている。営業活動を伴う販売は、当たり前だが新規開拓をマメにやって、そのロスを考慮に入れた場合、経済的合理性からいって、生保営業それ自体が決して得な職業ではないのではないか、そして私自身が生命保険商品をそれほど好きになれないとゆー事実に正直に向き合う時期が来ているのではないかと考えるに至った。
1983年4月に証券マンになって、2003年6月に保険屋に鞍替えした私。証券マンとして20年2ヶ月、保険屋として10年。前者には適性があったと思っているが、後者には残念ながらその適性はないようだ。職業人として、次の10年は当然として、その次の10年にフォーカスした場合、もっと効率よく、自分自身が楽しくなるような職業を選択すべきかもしれない。職業選択の自由は、文字通り自由なので、そのあたりを真剣に考えつつ、5月の最終日を迎えるつもりである。以上。
1983年4月に証券マンになって、2003年6月に保険屋に鞍替えした私。証券マンとして20年2ヶ月、保険屋として10年。前者には適性があったと思っているが、後者には残念ながらその適性はないようだ。職業人として、次の10年は当然として、その次の10年にフォーカスした場合、もっと効率よく、自分自身が楽しくなるような職業を選択すべきかもしれない。職業選択の自由は、文字通り自由なので、そのあたりを真剣に考えつつ、5月の最終日を迎えるつもりである。以上。
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