2011年1月1日土曜日

謹賀新年。

あけましておめでとうございます。以上です。
なーんて終わり方は良くないので、ちょこっと書いてみます。深夜1時まで友人たちと飲んでしまい、家に戻ったら2時、犬の散歩で3時、起きて犬の散歩で9時、おせち料理を食べて10時、今は日本酒を飲みながらブログってるよ。
昨夜遅くから深夜にかけては、東アジア賢人会議ともゆーべき飲み会で結構飲んだ。その割には元気だ。男6人女2人の8人で、出身地は神戸、奈良、宮崎、温州、福州、ダッカ(以上男)、東京、ハルピン(以上女)で、日本語と英語、北京語、ベンガル語が飛び交う宴席であった。私の周りでも既に国際化は始まっており、六本木辺りに行くと日本人の少なさに、「あれ?ここは外国?」って錯覚してしまうくらいだもの。今後、日本人はこのウインブルドン化に耐え、ガラパゴス化しないようにビヘイビアを変えていかないといけない。「2001年宇宙の旅」なんて映画を観ていた時代は今は昔で、21世紀になって10年が過ぎた。今からの、次の10年を快適に過ごすために何が必要か、それをキープするためには、今、どーゆー基本動作を続けなければ、あるいは新たに始めなければいけないのかは、犬に訊いても問題解決にならないので、この元旦からの数日間でいろいろと紙に落として仮説・検証をしてみようと思う。
具体的には週ごとのルーチンのスタイルを抜本的に変えてみようかとたった今、思いついた。そもそも、1週間の始まりが月曜日っておかしくないかな?誰が決めたんだか…。キリスト教なら日曜日はお休みで家族で教会に行くし、ユダヤ教は金曜の夕方から土曜日の夕方にかけては何にもしないで休むシャバットだし、イスラム教の安息日は木曜日の日没から金曜日の日没にかけてだ。こーゆールールを1000年とか2000年続けてきてるわけだから凄いよな。
とすると、休もうと思えば木金はイスラム教徒になり、金土はユダヤ教徒になり、日曜日はキリスト教徒になれば週3.5日を休めるから極端に身体は楽だってことだ。でも、そんなんでは収入は確実にアナゴ下がり(ウナギ上りの反対語)になり、鮨屋で穴子が食えなくなってしまう。
冗談はさておき、真面目に考えているのは、私が生まれた1960年8月18日が木曜日だった点に着目し、私の人生のスタートが木曜日の11時40分だと母から聞いていたので、1週間のルーチン表をつくる際、木、金土日、月火水に並べ替えて木曜休み、金土日が前場、月火水を後場(証券マンみたい)としてやってみたら面白いかも。
何でもかでも木曜日を起点にやってみる。なので水曜日が週末になるわけだ。そーすると何だか、イスラム教と不動産屋を混ぜ合わせたよーなルーチンになってしまうけど、ものは試しに今日から早速、チャレンジしてみようと思う。
写真のおせち料理(写真写り最悪!でも美味しいのよ)も食べたし、後は、庭木にお年玉肥の油粕をあげて、赤坂の豊川稲荷に行って来るとするかぁー。でゎでゎ。

0 件のコメント:

コメントを投稿