2011年3月12日土曜日

缶詰。

JR常磐線が動いてないので家で缶詰になっているとゆー訳ではなく、近所のコンビニからパンと弁当と惣菜が消えたので、久し振りに缶詰を買ってみた。被災地の方々を差し置いて豪勢な食事を取ることが憚られて缶詰を食べるとゆー理由が50パーセント、節約のためとゆー理由もやっぱり50パーセントって感じかなぁ。
今日は、サバの味噌煮とサンマの煮付けの2種類を買ってきた。2個で210円。ストウブの鍋で炊いた御飯があったので、パカッっと缶を開けて食ってみた。犬が、まっしぐらに突進してきたのが当然なくらい、これがまた美味いのだ。味付けのレベルは十年一日の如くと思いきや、飛躍的な進化を遂げていた。この缶詰2缶が十分なディナーになり得るほどの十分な満足感と共に、たった今、食べ終わった。お茶の代わりに牛乳をガブ飲みしながらバクバク食べたのだが、食事とゆーものは本来、そーいった野生的な作法で食べるのが正しいのかもしれないなあ。
今回の地震の被害が福島第一原発にまで、あらぬ方向に広がっていきそうで厭な予感を禁じ得ないが、早期での事態の収拾を祈りたい。チェルノブイリの原発事故みたいにならないことを切に願う。
ところで、三陸沖は世界的に見ても地震の巣窟らしいことが、ネットで検索してみてわかった。他に危ないところってゆーのは、南アメリカのペルーやチリ沖とイラン本土ぐらいのものらしい。イタリアなんかは地震の頻度こそ多いものの、マグニチュード5とか6ぐらいの地震が中心なので壊滅的な被害に結びつく地域ではないようだ。
イランにはユーラシアプレートとアラビアプレート、そしてインド・オーストラリアプレートのぶつかる活断層が走っているので非常に危険だとゆーけれど、それと比較して三陸沖がどうなのかとゆーことが気になった。
結果、当地のマグニチュード7以上の過去の地震履歴を調べて、ひっくり返りそうになった。怖ろしさを通り越して驚愕してしまった。具体的に記す。
869年にマグニチュード8.3から8.6ぐらいの連動型の地震があったようで、それは岩手沖から茨城沖にかけての大規模なそれだったらしい。但し、今回の8.8には及ばないレベルだ。その後も頻繁に起こったらしいが、正確を期すため、1600年以降のマグニチュード7以上の地震に限定してピックアップするとこうなる。
1611年、1616年、1678年、1717年、1731年、1793年、1810年、1858年、1861年、1896年、1897年、1898年、1900年、1901年、1902年、1915年、1936年、1937年、1938年、1943年、1945年、1962年、1978年、1994年、2003年、2005年、2008年、2011年(今回)。
なので、基本的には、岩手県、宮城県、福島県、茨城県の海岸線や海抜10m以下の場所に住宅を建てるってことはしない方がいいのかもしれない。必ず地震と津波が来るってことがデータ的にも実証されているからである。
缶詰の美味さもブッ飛んでしまうくらいの歴史的事実を知ってしまったので、これはもう酒を飲むしかないなぁ、しみじみと…。

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